夫婦の倦怠期は何年目に来るのか。統計と、結婚9年目の実感

うちに倦怠期が来たのは、結婚6年目だった。

きっかけになる事件があったわけじゃない。下の子が2歳になった頃、リビングで妻と二人になった瞬間に「何も話すことがない」と気づいた。テレビの音だけがしている。気まずいというより、無音。あの感覚は今でもはっきり覚えている。

それから「夫婦 倦怠期 何年目」で何度も検索した。出てくる記事は「3年目です」「5年目です」「7年目です」とバラバラで、しかもどれも根拠が書いていない。だったら自分で調べて、自分の実感と突き合わせてみようというのがこの記事です。

結論から。「何年目」に正解はないが、山は3つある

先に自分なりの結論を書いておくと、倦怠期が来やすい時期は次の3つに集中している。

「何年目」という聞き方をすると答えがバラつくのは、2つ目の山が結婚年数ではなく子どもの誕生からの年数で来るからだと思っている。3年目に出産した家庭なら3〜5年目に来るし、すぐ生まれた家庭なら1〜2年目に来る。うちが6年目だったのも、下の子の育児が一番きつい時期と重なっていた。

統計で見ると、離婚のピークは「同居5年未満」

倦怠期そのものの統計は存在しないので、代わりになるデータとして離婚の統計を見てみる。厚生労働省の人口動態統計では、離婚件数を同居期間別に集計している。これを見ると、離婚がいちばん多いのは同居期間5年未満の層で、同居期間が長くなるほど件数は減っていく。

つまり「結婚して数年」は、統計上も関係が壊れやすい時期ということになる。倦怠期の山とだいたい重なる。

ひとつ補足すると、近年は同居20年以上のいわゆる熟年離婚の比率がじわじわ上がっている。倦怠期を放置したまま20年走り、子どもの独立を機に清算するパターンが一定数あるのだと思う。これは後で書く「やってはいけないこと」に関わってくる。

なぜその時期に冷めるのか

調べたことと実感を混ぜて書きます。

2〜3年目: 脳の仕様

恋愛初期の高揚感は脳内の報酬系(ドーパミン)によるもので、長くは続かないというのは恋愛心理の本ならだいたい書いてある話。諸説あるが、もって3年前後と言われることが多い。ここで高揚感が「安心感」に切り替われば続くし、切り替わらないと「冷めた」になる。

正直、この時期の倦怠期は仕様だと思う。問題はこの後だ。

産後: 優先順位の崩壊

うちで効いたのはこれだった。妻の優先順位が完全に子どもになり、自分の優先順位は仕事になり、夫婦はその残り時間で「業務連絡」をする関係になる。

妻側から見れば「いちばん大変な時期に夫が他人事だった」という記憶が残り、夫側から見れば「妻が母親になって、女性でも相棒でもなくなった」という感覚が残る。お互いに言い分があって、お互いに言わない。これが数年分積もる。

7年目前後: 固定化

生活が完全にルーチン化して、相手から新しい情報が何も出てこなくなる時期。会話が減るのは嫌いになったからではなく、新しい話題が物理的に発生しないから。ただ、無言の食卓が続くと「嫌いになったのかもしれない」と後付けで解釈してしまう。ここが倦怠期の怖いところだと思う。

倦怠期はいつまで続くのか

これもよく検索されている割に、まともな答えを見たことがない質問。

体感で言うと、何もしなければ終わらない。倦怠期は「期」という名前がついているせいで、季節みたいに待てば過ぎる印象があるが、放置した倦怠期は単に「冷めた状態が定着した夫婦」になるだけだった。少なくともうちはそうなりかけた。

逆に、生活の構造を少し変えたら(後述)、半年くらいで「無音のリビング」ではなくなった。元のラブラブに戻ったかと言われると、戻っていない。でも苦痛ではなくなった。倦怠期の出口は「元に戻る」ではなく「別の安定に移る」なんだと思っている。

何年目だろうと、やらないほうがいいこと

自分がやって後悔したこと、やりかけて踏みとどまったことです。

  1. 「冷めた」と直球で告げること。 正直さは美徳ではなかった。言われた側は何年経っても覚えている。伝えるなら「最近会話が減ったのが気になっている」のように、状態の話にする。
  2. 答え合わせを先延ばしにして20年走ること。 統計の項で書いた熟年離婚コース。子どもが巣立ってから向き合うと、選択肢がほぼ残っていない。
  3. 刺激を外に求めること。 倦怠期の浮気は別記事に書くつもりだが、結論だけ言うと、失うものの計算が全く合わない。
  4. 妻を変えようとすること。 変えられるのは自分の動きだけだった。妻に「変わってほしい」と要求した時期は、関係が一番悪化した。

うちの場合、何が効いたか

参考までに。劇的な話はひとつもないです。

「なんだそれだけか」という内容だが、倦怠期の正体が「会話の物理的な消滅」なので、会話が発生する構造を作る以外にやれることがなかった、というのが実際のところです。

それでもダメだった場合の話、つまり妻を愛せないまま続けるのか、離婚を考えるのかについては、別の記事に分けて書きました。


倦怠期が何年目に来るかより、来たときに無視しないことのほうがよっぽど大事だった、というのが9年目の実感です。リビングが無音になったら、それが合図だと思ってください。