愛情のない夫婦でもやっていけるのか。続いている家の条件と、うちの運用ルール
「愛情のない夫婦でも、やっていけるものでしょうか?」
Yahoo!知恵袋にまったくこの通りの質問があって、深夜に何度も読み返していた時期がある。回答は「やっていけます、うちがそうです」と「無理です、離婚しました」が混在していて、読めば読むほど分からなくなった。
結婚9年目の現時点で、うちは「愛情は薄いが、やっていけている」側にいる。ただ、最初からやっていけたわけではなく、壊れかけた時期を経て運用方法を変えた結果なので、その両方を書きます。きれいごとは書きません。
結論: やっていける。ただし「条件付き」
愛情のない夫婦が続くかどうかは、愛情の量では決まらないというのが実感です。決めるのは別の変数で、観察した範囲では次の4つに集約される。
条件1: 敵意がないこと
愛情の反対は憎悪ではなく無関心、とよく言われるが、夫婦の継続という意味では無関心はセーフで、敵意・軽蔑はアウト。冷めていても「お疲れさま」が言える家は続く。冷めた上に相手を見下し始めた家は、時間の問題だと思う。
心理学者ゴットマンの研究でも、離婚を最も予測するのは「軽蔑」だとされている(この人の本は読んだ。『結婚生活を成功させる七つの原則』)。冷めているだけなら、まだ全然手前にいる。
条件2: 共同経営の対象があること
子育て、住宅ローン、家業、介護。「二人でないと回らないプロジェクト」がある間、夫婦は愛情ゼロでも経営パートナーとして機能する。
これは裏を返すと、プロジェクトが終わる時(子どもの独立が典型)に契約更新の審査が来るということでもある。熟年離婚の多くはこれだと思っている。だから「子どもがいるから大丈夫」は、正確には「子どもがいる間は大丈夫」。
条件3: 期待値が合っていること
片方が「いつか愛情が戻るはず」と思っていて、もう片方が「もう戻らない前提で運用する」と思っていると、必ずどこかで衝突する。残酷だが、続いている家は期待値がすり合っているか、低い側に揃っている。
条件4: 我慢が片方に偏っていないこと
「やっていけている」と夫が思っていて、妻が限界を溜めているパターン(逆も)。これは続いているのではなく、片方の忍耐を燃料に走っているだけで、燃料が切れた日に突然終わる。ある日突然離婚届を出されたという話の多くは、突然ではなく、片方にだけ見えていなかっただけだと思う。
壊れていくパターン
逆に、観察していて「これは続かない」と感じたパターン。自分への戒めも込めて。
- 会話が業務連絡すらなくなる(無関心が極まると物理的な連携ミスが増え、それが敵意に変換される)
- どちらかが家庭の外に感情の行き先を作る(恋愛に限らず、家に帰らない趣味・飲み・実家依存も含む)
- 子どもを伝書鳩にする(「パパに言っといて」が始まると、子どもが家庭の歪みを吸う。これは続く続かない以前にやってはいけない)
- SNSや友人の夫婦と比較し始める(隣の芝は加工済みです)
「仮面夫婦」という言葉について
愛情なしで続けることを仮面夫婦と呼んで、悪いことのように扱う風潮がある。検索すると「仮面夫婦 子どもへの影響」みたいな脅し記事が大量に出てくる。
個人的には、この言葉は半分しか正しくないと思っている。子どもに悪影響があるのは「冷え切った空気・両親の敵意・緊張」であって、「親同士の恋愛感情の欠如」ではない。恋愛感情がなくても、敵意なく協力して家庭を回している家は、子どもにとって普通に安全な場所になり得る。少なくともうちの子どもたちは、両親の内心の温度など知らずに毎日騒いでいる。
演じることに疲弊しているなら問題だが、それは妻を愛せない辛さの記事に書いた「演技疲れ」の問題で、対処のしようがある。
うちの運用ルール
「愛情は保留、共同体としては本気で運営する」と決めてから、うちで実際にやっていることです。家庭によって全然違うはずなので、あくまで一例として。
- 感謝と謝罪だけは口に出す。愛情表現はしない(できないので)が、「ありがとう」「悪かった」は事務的にでも言う。これだけで敵意の発生率が目に見えて下がった。
- 金の透明性を保つ。家計の不信は感情の不信の3倍速で関係を壊す気がする。
- 週1回、15分の「定例会議」。子どもの予定、金、家の用事。業務連絡をここに集約すると、日常の会話が業務連絡以外になる。
- お互いの一人時間を制度化する。月1回、相手をフリーにする。罪悪感なく休めるようにルール化したのがポイント。
- 寝室は無理に一緒にしない。ただし朝食は全員で食べる。どこを共有しどこを分離するか、明文化はしていないが運用は固まっている。
ロマンチックさは皆無です。でも、無音のリビングで消耗していた頃より、家庭は明らかに機能しているし、不思議なことに関係も少しだけ柔らかくなった。愛情を目標から外したら楽になった、というのは皮肉な話だが。
それでも無理だと感じたら
この運用を試しても、敵意が消えない・我慢が一方的・心身に症状が出ている、という場合は、続けることが正解とは思いません。離婚を選択肢に入れて考える段階の話は、別の記事で書く予定です(倦怠期と離婚の記事も参考に)。
第三者を入れるという中間の手もある。夫婦カウンセリングは「悩んでいるのが自分だけじゃない」と分かるだけでも値段の価値があったという声を聞く。うちはまだ使っていないが、運用が崩れたら多分使う。
愛情のない夫婦はやっていけるか。やっていけます。ただしそれは「我慢し続けられるか」ではなく「運用を設計できるか」の問題でした。我慢は有限で、設計は更新できる。この違いが、9年目の答えです。