家に帰りたくない夫だった。コンビニ駐車場の30分から戻るまで
結婚7年目の一時期、家から徒歩5分のコンビニの駐車場で、毎晩20〜30分過ごしていた。コーヒー1本で、車の中で、ただスマホを見る。雨の日もやった。
帰れば妻も子どももいる。家庭崩壊しているわけでもない。なのに、家の灯りが見える角を曲がる前に、必ず一呼吸入れたくなる。当時は自分でも説明がつかなくて、「疲れてるだけ」で済ませていた。
「家に帰りたくない 夫」で検索すると、妻向けの「帰りたくない夫の心理と対処法」記事ばかりが出てくる。帰りたくない本人が読む記事が見当たらないので、これを書きます。
駐車場で何をしていたのか。何もしていなかった
最初に大事なことを言うと、駐車場の30分でやっていたのは娯楽ではない。スマホは見ていたが、内容は何も頭に入っていなかった。
あれは今思うとシフトの切り替え待ちだった。会社では「成果を出す人」のモード、家では「ちゃんとした夫・父親」のモード。家に入った瞬間から、お風呂・寝かしつけ・妻の機嫌の観測(妻の不機嫌の記事に書いた)という第二の業務が始まる。モードの切り替えに、中間地帯が必要だった。
つまり帰りたくないのではなく、「家にいる自分」になるのがしんどかった。家が嫌いなわけじゃないのに帰りたくない、という矛盾はこれで説明がついた。
「帰りたくない」の中身は人によって違う
自分の場合は上のシフト疲れだったが、調べたり人の話を聞いたりすると、中身は何種類かある。どれかで対処が全く違うので、分解する価値がある。
- シフト疲れ型(自分): 家に入った瞬間から第二の業務が始まる。家自体は嫌いじゃない
- 無風型: 帰っても誰とも会話がない。居場所がない感覚。会話がない夫婦の記事の領域
- 戦場型: 帰ると小言・喧嘩・緊張が待っている。回避行動として合理的ですらある
- 比較型: 職場や外のほうが、認められて気分がいい。家庭の外に感情の置き場ができかけている状態で、倦怠期と浮気の記事に書いた入口と地続き
危険度で言うと、下に行くほど高い。シフト疲れ型は工夫の問題だが、戦場型と比較型は関係そのものの問題で、駐車場では解決しない。
うちで効いたこと
シフト疲れ型としてやったことを書く。地味です。
駐車場の30分を、家の中に申請した。 ある日妻に「帰って最初の15分だけ、着替えとぼーっとする時間にさせてほしい。そのあとは動く」と言った。言うまで3週間かかったが、返ってきたのは「いいけど、そんなの先に言ってよ」だった。妻から見ると、帰宅後の自分は「無言で不機嫌な人」に見えていたらしい。こっちはシフト切り替え中のつもりで、向こうには敵意に見えていた。この認識のズレが分かっただけでも申請した価値があった。
「ちゃんとした夫」の基準を下げた。 帰宅後の第二の業務がしんどかった理由の半分は、業務の量ではなく「機嫌よくやらねば」という演技の上乗せだった。妻を愛せない記事に書いた演技疲れと同じ構造。疲れている日は「今日は疲れてる」と申告して、黙って皿を洗うだけでいいことにした。機嫌のいい夫ではなく、機能する夫でいい。
駐車場をゼロにはしなかった。 今も週に1、2回は5分だけ寄る。中間地帯そのものは悪者ではなかった。30分が毎日、になっていたことが信号だっただけ。
帰りたくなさが「家に着いてから」も続くなら
最後に線引きの話。駐車場の時間が伸びる、休日も家にいたくない、外泊の口実を探し始めている、あたりまで進んでいるなら、それはシフト疲れではなく関係の問題のほうです。その場合に見るべきは帰宅動線の工夫ではなく、倦怠期がどの段階かと、続け方そのものの設計。
それと、帰りたくないというより「どこにも行きたくない」「会社にも行きたくない」が混ざってきたら、夫婦の話ではなく心身の話なので、受診を考えてください。駐車場で毎晩30分過ごしていた頃の自分に届くなら、そう言います。
家の手前で一呼吸入れたくなるのは、たぶん欠陥ではなくて、その家でちゃんとやろうとしている証拠でもある。ただ、その一呼吸は車の中じゃなくて、玄関の内側でやれたほうがいい。交渉の余地は、思っているよりありました。