家庭内別居になりかけた話。あの坂道の手前で踏みとどまった3つの線
家庭内別居という言葉を検索したことがある。結婚7年目、リビングが無音だった時期だ。
調べて意外だったのは、家庭内別居が「ある日決裂して始まる」ものではないこと。体験談を読み込むと、ほぼ全員が坂道を一段ずつ下りた結果としてそこにいた。寝室が分かれ、食事の時間がずれ、会話が連絡アプリだけになり、気づいたら同居人ですらない。誰も「今日から家庭内別居します」と宣言していない。
うちはこの坂を途中まで下りた。下りた段数と、踏みとどまった線の話をします。
坂道の段差を数える
うちが実際に下りた段差を時系列で並べるとこうなる。
- 寝室が分かれる(夜泣き対応のなし崩し。寝室別の記事に書いた)
- 平日の夕食が別になる(自分の帰宅が遅く、先に食べててと言ったのが定着)
- 休日も午前と午後で別行動が増える
- 会話の業務連絡化(会話がない記事の状態)
- 業務連絡もLINEだけになる ← うちはここの一歩手前まで
- 同じ部屋にいることを避け始める
- 相手の予定を把握しなくなる
- 顔を合わせても挨拶をしない
体験談で「家庭内別居です」と言っている人は、だいたい6〜8にいる。そして6から先は、戻るのに下りの何倍もエネルギーが要るらしい、というのが読んだ範囲の共通項だった。
怖いのは、1〜4の各段が単体ではすべて合理的なこと。寝室別は睡眠の質のため。夕食別は仕事の都合。別行動は効率。どの段にも「関係を壊す意図」がない。合理化の積み重ねの先に、関係の解体が完成している。
気づいたきっかけ
5の手前で気づけたのは、たまたまだった。インフルで寝込んだとき、看病のやりとりが全部LINEで完結したのだ。同じ家にいるのに。熱でぼんやりした頭で「これ、もう一緒に住んでる意味が物理的にないな」と思った。あの自覚がなければ、たぶんそのまま下りていた。
体調を崩したときに何かに気づくパターンは多いらしい。平常時は合理化が機能してしまうから。
踏みとどまるために引いた3つの線
下りた段を全部登り返したわけではない。寝室は今も別だし、平日の夕食も別のままだ。代わりに、これ以上は下りないという線を3本だけ引いた。
- 朝食は全員で食べる(どれだけ気まずくても。愛情のない夫婦の記事に書いた死守ライン)
- 対面で済む連絡を、同じ家の中からLINEで送らない
- 相手の今週の予定を把握している状態を保つ(週1の定例会議で担保)
線の引き方のコツは、登り返す努力目標(会話を増やす、仲良くする)にしないこと。努力目標は疲れている週に破られる。「これ以上下りない」という防衛線は、維持コストが低い。
すでに6〜8段目にいる人へ
正直、ここから先は自分の体験の外なので、断定的なことは書けない。読んだ範囲と、考えたことだけ書く。
戻った例はある。共通するのは、片方が「気まずさを引き受けて」小さい接点を再開したこと。挨拶だけ、とか。気まずさを引き受ける側には不公平感が伴うので、これができるかどうかが分かれ目に見えた。
一方で、6以降が数年固定化していて、お互いに快適ですらある場合、それは選択された生活形態とも言える。愛情のない夫婦の運用と地続きの話で、敵意がなく・どちらかの一方的な我慢でもないなら、外野が「異常」と呼ぶ筋合いはないとも思う。問題は、片方だけが「これは仮の状態で、いつか戻る」と思っているケース(倦怠期と離婚の記事の質問4の状態)。期待値のズレは、いつか必ず請求書になる。
夫婦としての形を諦めるかどうかの判断材料は、チェックリストの記事と離婚検討の記事に書いたので、そちらで。
家庭内別居は事件ではなく、合理化の積み重ねでした。だから対策も、大きな仲直りではなく、小さな防衛線。今日も坂は目の前にあるが、線の内側にいる限り、うちはまだ夫婦をやれている。