妻と二人きりだと気まずい。子どもをバッファにしてきた夫の自覚と対処

子ども2人がそろって祖父母の家に泊まった土曜日。夫婦二人だけの夜は、9年ぶりだった。

その夜、うちに流れた空気を正確に書くと、「初対面の人と相席になった居酒屋」だった。何を話せばいいかわからない。沈黙が痛い。お互いスマホに逃げる。22時には「先に寝るね」で解散した。翌日子どもが帰ってきた瞬間、家の空気が「正常」に戻って、心底ほっとした。

ほっとした自分に、少し遅れてぞっとした。子どもがいないと夫婦が成立しないことが、実証実験で確定してしまったからだ。

気まずさの正体: 子どもというバッファ

休日がつまらない記事でも少し触れたが、子どもは夫婦間の緩衝材として極めて優秀に機能する。話題を無限に供給し、沈黙を埋め、視線の行き先になり、共同作業を発生させる。

問題は、優秀すぎること。バッファに頼っている間、夫婦は「二人で間を持たせる筋力」を一切使わない。筋肉は使わなければ落ちる。9年使わなかった筋力で突然フルマッチを戦ったのが、あの土曜日だった。気まずかったのは関係が壊れているからではなく、単純に筋力がゼロだったから。そう整理すると、少し気が楽になる。

そして時限の話をすると、うちの場合、上の子が家を出るまであと10年弱。バッファは確実に撤去される。撤去後にゼロ筋力で数十年戦うのが、いわゆる熟年離婚や定年後の「夫在宅ストレス」の構図なんだと思う。リハビリを始めるなら、バッファがまだある今のほうが安全だった。

リハビリの手順(うちで実際にやった順)

最初に失敗から書くと、いきなり「二人で外食」はやめたほうがいい。うちは最初それで、向かい合って沈黙する時間を金を払って買う結果になった。会話がない記事に書いた通り、会話は場所ではなく素材。素材がないまま対面時間だけ延ばすのは、リハビリではなく無酸素の負荷試験です。

機能した順序はこう。

  1. 並ぶ、から始める(対面しない)。皿洗いを拭く係として隣に立つ、子どもを寝かせた後に同じソファでそれぞれ別のことをする。会話ゼロでいい。「二人の空間にいても死なない」を体に再学習させる段階
  2. 第三の対象を挟む。二人で同じものを見る(うちはドラマだった)。会話が発生しても、お互いではなく画面に向かって話すので負荷が低い
  3. 並走の外出。目的が会話ではない外出を二人でやる。スーパーの買い出し、子どもの入学準備の買い物。役割があるので間が持つ
  4. ここまで来てから、向かい合う時間(ランチ程度の短さで)

うちは1から4まで半年以上かけた。今は、二人の夜が「初対面の居酒屋」ではなくなった程度。劇的な変化ではないが、10年後の撤去工事には間に合いそうだと思っている。

気まずさが「嫌悪」由来の場合

ひとつ注意点。気まずさには2種類あって、筋力ゼロの気まずさ(沈黙が痛いが、相手への嫌悪はない)と、拒絶の気まずさ(同じ空間にいること自体が苦痛)は別物です。後者が当てはまるなら、リハビリの前にチェックリストのC群を確認して、関係全体の検討を先にしたほうがいい。筋トレは、骨折してたらやってはいけない。


子どもという緩衝材は、あと数年で必ず撤去される。そのとき夫婦に残るのは、バッファ抜きで間を持たせる筋力だけ。鍛え直すのに遅すぎることはないと思うが、早いに越したことはない、というのが9年ぶりの二人の夜に教わったことです。